chocolate shop

Story

ストーリー 〜博多のチョコのはじまりどころ〜

Story 01

出会い‥それは一粒の
トリュフチョコレートでした。

Story 01

1942年博多の街で産声を上げた店の名は、
チョコレートショップ。

業態をそのまま表した、とても大胆な店名です。
その店を開いた人の名は佐野源作。
大戦を挟み混乱を極めた当時の日本で、
チョコレートにこだわり続け、
チョコレート作りに自信と誇り持った人でした。

佐野源作とその意志を継いだ長男、隆との親子2代に渡る
チョコレートショップの物語のはじまりは、
そこからさらに20数年の時をさかのぼります。

1902年生まれの佐野源作は、 その頃、
東京の旧帝国ホテルで見習いコックとして働いていました。

当時14、15歳でした。
源作はそこで、将来を決定づける運命的なものに出会います。
それは一粒のトリュフチョコレート。

Story 02

こんなチョコレートを
作れる国へ行きたい。

Story 02

当時、ロシア革命で日本に亡命していた
ロシアの料理人が作ってくれた
一粒のトリュフチョコレートを口にした源作は
驚き、言葉を失いました。

「これは何なんだ。
こんな美味しい食べ物があるのか ‥
こんなチョコレートを作れる国へ行きたい。」
彼の瞳に、広い広い世界が映った瞬間でした。

チャンスが巡ってきたのは、それから数年後のこと。
外国航路の船のコックとして働きながら、
彼はヨーロッパへと渡ります。

日本ではまだ海外旅行という概念すらなかった時代でした。
言葉も通じない遥か異国の地で、源作は苦労を重ねながら、
誰もが認めるチョコレート職人へと成長するまで、
源作は思う存分腕を磨いたのです。

Story 03

1930年代末期
帰国した源作は博多に立ち寄ります。

Story 03

時は移り1930年代末。
日中戦争が勃発し国は挙国一致をスローガンに
戦争の準備を進めていた頃、帰国した源作は博多に立ち寄ります。

当時、博多で隆盛を極めていた繁華街、店屋町でのこと。
源作は、恋に落ちました。
富美子、それが博多生まれの妻の名でした。
1939年、店屋町に腰を落ち着けた源作は、
その一角に店を開きます。

チョコレートの専門店、夢の“チョコレートショップ”は、
こうして、この街に生まれたのです。

ただ、外国語は当時敵性語として使用は禁止されており、
チョコレートの文字を入れて看板を掲げることは叶いません。
見上げれば、世界を包み込むほどの
深く果てない戦乱の闇が広がりつつありました。

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Story 04

俺が生きて帰ってこれたら
チョコレートショップという名で
店を再開しよう。

Story 04

1942年、源作の元に徴兵を命令する“赤紙”が届きます。
大戦のまっただ中。その夜、夫婦は誓いを立てます。
「俺が生きてこの店屋町に還って来れたら、
チョコレートショップという名で店を再開しよう。」

覚悟を決めた夕げの食卓には、
トリュフチョコレートのほのかな甘い香りと
それに命を懸けた言葉少ない男の情熱が漂っていました。

店は数年前に創業を始めていましたが、
源作は敢えてこの日を、店の創業と定めます。
それは、「必ず還ってくる」との
源作の強い意志の表れだったのです。

1945年、終戦。源作は無事、店屋町に還ってきます。
堂々と掲げた看板には、
“チョコレートショップ”の文字がありました。

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Story 05

食卓には、朝昼晩と
売れ残ったチョコが上がります。

Story 05

店を再開したものの肝心のチョコレートは
ずっと鳴かず飛ばずの状態でした。

いくら美味しくても、コッペパン1個15円の頃に
トリュフ1個100円の商いでは誰も見向きもしません。

買ってくれるのは、進駐軍のアメリカ人がほとんど。
食卓には、毎日朝昼晩と売れ残ったチョコが上がります。

1956年に生まれた長男の佐野隆は、
それがごく当たり前の家庭の食事なんだろうと思っていました。

源作はそれでも、ひたむきに本物に
こだわったチョコレートを作り続けます。

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Story 06

時代は、大量生産・大量消費の
時代を迎えようとしていました。

Story 06

防腐剤も添加物も一切使わないチョコレートは、
当然日もちはしません。

「カビが生えているぞ!」
とそれが分からず怒鳴り込むお客様。

「旨いものには余計なものはいらない。
新鮮なものほど時が経てば傷む、当たり前のことだ」と
毅然とした態度で、言い放つこともありました。

世の中は、源作のチョコレート作りの想いとはまったく逆の、
大量生産・大量消費の時代を迎えようとしていました。

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Story 07

隆は「家は継がん」
源作に啖呵を切ると、
ついに家を飛び出してしまいます。

Story 07

隆は、小さな頃から チョコレート作りを
手伝わされながら育ちました。
家族全員で店を切り盛りする日々が続いていました。

1973年には少しでも家計の足しになればと
カフェを併設しました。
そこで出したカレーが評判となり、
徐々にチョコレートも売れ始めていました。

ところが、隆は成長するにつれ、
いつもステテコに前掛け姿という、
頑固なチョコレート職人としての父親の生き方が、
そのまま自分の将来と重なって見えてくるようになりました。

束縛を嫌った隆は「家は継がん」源作に啖呵を切ると、
ついに家を飛び出してしまいました。

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Story 08

隆は通りでたまたま目にした
求人募集を頼りに
パン屋を訪ねます。

Story 08

大学2年、1974年のことです。
「持っている金で少しでも遠くの街へ」それが神戸でした。

行く当てもない隆は、通りでたまたま目にした
求人募集を頼りにドンクというパン屋を尋ねます。

そこには、白衣姿のオシャレなコックたちが働いていました。
同じ職人である父親との格好の違いに、がく然としました。

仕事も決まり神戸の町にも馴染んできたある日のこと。

隆は当時付き合っていた彼女に
チョコレートをプレゼントしようと、
店の余った材料を分けてもらい、
身に染み込んだあのトリュフチョコを手作りします。

「なんでお前にこんなチョコがつくれるんだ?」
いつの間にか、隆は先輩のシェフたちに囲まれていました。

Story 09

「親父を超える
チョコレートを創りたい。」
彼はスイスへと発ちます。

Story 09

「ドンクの当時の社長さんは父の名前はご存知でしたね」
隆は当時を振り返ります。

彼が知ったのは、佐野源作の名は神戸に止まらず、
遠く東京・関東圏の業界人の間でも
既に有名であったという事実です。

「親父を超えるチョコレートを創りたい」。
彼は源作のルーツを辿るようにスイスへと発ちます。

その後、帰国した隆は、
源作にこれまでのことを謝ると、
自分の新作を店に並べることに精進します。

ところが、人気があったのは目新しかった最初の頃だけで、
売れるのは源作のチョコレートばかり。
「みんな分かっとらん」開き直りもしますが、
一向に状況は変わりません。

Story 10

隆は三度、源作の作る
チョコレートの奥の深さを知ります。

Story 10

隆は、源作の作るチョコレートの奥の深さを知ります。
「もう一度ゼロから、親父のチョコを研究し直そう」。

体温で溶けだす1ミリにも満たない薄い外皮と
炊き上がった白米のような優しい弾力を持つガナッシュ。
その食感のコントラストこそ、
源作が自分自身で極めた技です。

それには、春夏秋冬、日々異なる室温の中にあっても
完璧に温度調整(テンパリング)できる
感覚と技術の習熟が必須でしたが、
幼い頃から源作のチョコレート作りを手伝ってきた隆に、
その基礎は自然に備わっていました。

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Story 11

職人としての生き方を極める、
そのための努力の積み重ねが必要でした。

Story 11

後は職人としての生き方を極める、
そのための努力の積み重ねが必要でした。

隆はこの時を境に、寝食を忘れ、
技術の鍛練と研究に明け暮れる日々を送ります。

ある朝のこと。 源作は、隆が作ったチョコレートを
ショーケースの一番真ん中にある、売れ筋のトレイに並べてくれました。
それは、源作から隆への無言の誉め言葉でした。

一筋に生きる職人としてのプライドが
自身にも芽生えたことを隆は感じます。
「少しでも多くの人にこの店の魅力を伝えたい」。

自信を深めた隆は、当時まだ珍しかった
デセールをカフェで出すことを思いつきます。

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Story 12

真心を込めて手作りした
チョコレートは、
今日もいつものように店に並びます。

Story 12

これが行列ができるほどの人気を集め、
後は評判が評判を呼び、チョコレートも飛ぶように売れ始めたのです。
1985年 源作が創業を定めてから、実に43年の時が過ぎていました。

1990年、源作は亡くなります。
そのわずか2年後、 妻の富美子も源作の後を追うように旅立って行きました。

それから20有余年。

目新しかったデセールも、
家計を助けたカレーやカフェも、今はもうありません。
チョコレートショップは、あの日、
源作が願いを込めたその名の通りの“チョコレートショップ”になりました。

現在は、世界各国で作られたたくさんの種類のチョコレートをブレンドして、
日本人好みの味、食感にこだわった
トリュフチョコレートやチョコレート菓子をご用意しています。
その他にも、生菓子、半生菓子、焼菓子と、おやつ用からギフト用まで
幅広く、変わらず毎日手作りで仕上げ、今日もいつもの様にお店に並びます。

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